デス・オーバチュア
第208話「狂暴の冥土人形」



チェス。
白黒それぞれ王(キング)・女王(クイーン)各一、僧正(ビショップ)・騎士(騎士)・城(ルーク)各二、歩兵(ポーン)八の計一六の駒を駆使して、縦八列、横八列に区切った盤上で相手の王を詰み(メイト)する遊戯(ゲーム)である。
中央大陸では、元は貴族の遊戯であったが、今では一般にまで拡がり大衆的(ポピュラー)な遊戯になっていた。
東方、及び極東にもよく似た遊戯が存在し、その共通の起源は遙か南方の地の遊戯にあるとされている。


「実際、兵士なんて何万居たって意味がないんだよ」
白いコートに金髪の青年ルーファスは、白い兵士の駒を指で摘むとブラブラと揺らして弄ぶ。
彼が今居る場所は、クリアの王城のとある一室だった。
「ただの人間の兵士なんて、何万居ようと一人の『騎士』に遠く及ばないのだからな」
ルーファスは盤上に白い兵士の駒を置く。
「あらあら、それはどこの騎士の話かしら?」
向かいから伸びてきた白く細い指に摘まれていた黒い騎士の駒が、ルーファスの兵士の駒を弾いた。
「そうだな……例えば、十三なんて縁起の悪い数の使徒とかな」
ルーファスは白い騎士の駒を進行させ、相手の黒い兵士の駒を摘む。
「あの国は狡いですわ、騎士が十三体なんてチェスでは反則です」
白い指が黒い兵士の駒を摘み、盤上を一歩進ませた。
「反則ね……」
ルーファスは顎に左手をあて、次の一手を考え込むように盤上を眺める。
「まあ、本当にチェスの数並みしか騎士が居ない国ってのも普通ないよな」
「それは騎士の定義次第じゃないかしら? 騎士団が無い、普通の騎士が存在しない国なんて、それこそガルディアとウチぐらいでしょうから……」
「ああ、ガルディアとこの国ぐらいだな、俺が騎士と認めてやってもいい存在を飼っているのは……」
白い騎士が盤上を進行した。
「あなたの定義で行くと……ホワイト辺りは騎士一人と王一人だけの戦力かしら? その他の騎士なんてただの兵士に過ぎないでしょうし……」
「さあな、名ばかりの騎士の中にもう一匹か、二匹ぐらいは本物が居るかもな?」
白と黒の駒達の攻防が激化していく。
「本物の騎士ですか……その本物の中もまたピンキリなのでしょうね」
「そうだな、一騎当千が騎士の最低ラインかな?」
「あら、てっきり一騎当万がキリかと思っておりました……はい、王手(チェック)と」
「ちっ……」
「ふふっ、これで私(わたくし)の三連勝ですわね」
勝者である女性は、青い髪を掻き上げると、優雅に微笑んだ。



「……んっ……はぁ〜……」
女性は椅子から立ち上がると、組んだ両手を頭上に伸ばした。
「ふふっ、座ったままだと肩と腰が凝りますわね」
淡い青髪は膝まで届くほどに長くて、量感(ボリューム)があり、瞳は美しく透き通るようなクリアブルー。
彼女が身に纏っている衣服は、清潔な白いYシャツと青いジーパンだけだった。
Yシャツはボタンが上から三つほど外れており、ふくよかな胸が覗いている。
「ん〜、ねえ、ルー君、少し揉んでくれない?」
青髪の女性は、ソファーに俯せに横になると、今までよりもくだけたような、甘えるような感じで言った。
「ふざけるな、年寄りはマッサージチェアにでも座ってろ!」
ルーファスは女性の方を見もせず、チェスの駒を弄びながら、冷たく言い放つ。
「酷いわ、ルー君、ピチピチの二十八歳を年寄り扱いするなんて〜」
「誰がピチピチだ? 一児の母が……」
「ルー君だって子持ちじゃないの〜」
青髪の女性はだらしなく寝そべったまま、可愛らしく拗ねたような表情でルーファスを睨んだ。
自称二十八歳のこの女性は、見た目は十八〜二十歳ぐらいにしか見えず、甘えたり、拗ねたりしている様(今)はさらに幼く見える。
「……ふん、チェスの駒より少ない防衛力の国か」
ルーファスは盤上に僧正を一体、騎士を二体だけ配置した。
「んん〜? 少数精鋭〜?」
青髪の女性はもうルーファスを睨んではいない。
睨むどころか、視線も向けておらず、ソファーに顔を突っ伏しいて、今にも眠ってしまいそうな感じだ。
「しかも、弱みである王は無し、王に当たる存在は攻撃的な女王のみ……」
ルーファスは、盤上の騎士と僧正の後ろに女王の駒を置く。
「……たったこれだけだよな、この国の防衛力は……」
「そうね〜、防衛力はそんなところかしら? まあ、あの子は僧正というより宰相……魔法使いだけどね……んっ……」
眠そうな声が、ルーファスに答えた。
「……後は……王女(プリンセス)とでも言ったところか? 役に立つか微妙な駒だが……」
「……すう……すう……」
本当に寝ているのか、狸寝入りなのか、判断しにくい寝息が聞こえてくる。
「たく……ん?……リーヴか」
ルーファスの呟きの数秒後、扉が開けられ、白髪の人形師が姿を見せた。
「恐ろしく警備の甘い城だ……」
部屋に入ってきた、人形師にして元ガルディア皇女であるリーヴの第一声がそれである。
「まあ、お前の所(ガルディア)と比べればそうだろうな」
「いや、比べたのは人形店(我が家)の方の警備だ……」
「…………」
個人経営の店にも劣ると言われては、ルーファスにもフォローのしようがない。
いや、そもそもクリア城のフォローをしなければならない理由など何もなかった。
「開かれた王室を目指しておりますのよ」
ソファーに突っ伏して寝ていたはずの女性が、いつの間にかリーヴの前にとても自然に立っている。
「ようこそ、クリアへ、リーヴリクス皇女……それとも、人形師のリーヴさんとお呼びすべきかしら?」
青髪の女性はチェスをしていた時のような、穏やかで優雅な物腰で応対した。
「……リーヴでいい……貴様は……?」
「マリエと申します、そこのルーファスさんのお友達ですわ」
マリエと名乗った女性は、穏やかで優しげな微笑を浮かべる。
「マリエ? マリエ……なるほど、そういうことか……」
リーヴは納得いったという表情で微笑した。
「あら、私としたことがお客様をいつまでも立たせておくなんて……大変失礼致しました、どうぞ、そちらの席へ……今、お茶を用意致しますね」
「余計な気遣いは無用だ……私はそこの男に少し用があるだけだ……」
リーヴは、視線をチェスの駒を指で弾いて遊んでいたルーファスへと向ける。
「……で、何の用だ、リーヴ?」
ルーファスは椅子に座ったままリーヴに向き直った。
ちなみに、マリエの姿はいつの間にか部屋から消えている、おそらくお茶でも用意しに行ったのだろう。
「なあに、ただの新作発表だ……」
そう言って、リーヴは口元に悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「新作?……ソレのことか……?」
ルーファスの視線はリーヴの向こう側に向けられている。
リーヴの向こう側、部屋の入口には、黒いフード付きのローブを頭から被った人物が無言で佇んでいた。
「…………」
黒ローブは背中に、自分より大きな棺を背負っている。
「ちっ……」
なぜか、黒ローブを見つめるルーファスの表情はどんどん不愉快げに歪んでいった。
「ふざけたモノを創りやがる……そんなに叩き潰して欲しいのか……?」
「まあ、待て、公開する前に壊されては堪らん……メイル・シーラ!」
リーヴの声に応えるように、黒ローブの背中から棺が外れて床に落ちる。
次の瞬間、黒いローブが脱ぎ捨てられて宙に舞っていた。
「あらあら、可愛いらしいこと」
紅茶セット一式を乗せたトレイを持って部屋に戻ってきたマリエが、ソレを見るなり嬉しそうな声を上げる。
「見るがいい、我が最新作にして最高傑作! 冥土人形メイル・シーラだ!」
紺のロングワンピース、白のフリルエプロン、胸には赤い大きなリボンタイ、頭にはヘッドドレス……典型的なメイド服の少女がリーヴの三歩後ろに控えるように立っていた。
腰まで届くストレートロングの髪は鮮やかな青、、瞳は妖しく輝く深紅、年の頃はタナトスやクロスと同じぐらいだろうか。
「冥土でメイドというこのクールなセンス……」
「…………」
「何を履いているのか解らない程の足下まであるロングスカート! スカート丈が膝上などという邪道なフレンチメイドとは格が違う! ちなみに中は白いニーソックスをガーターベルト……でぶっ!?」
いきなり、冥土人形メイル・シーラが主人であるはずのリーヴの脳天に、組み合わせた両手を鉄槌の如く振り下ろしたのだ。
前のめりに倒れ込んだリーブを足で横に払い除けると、メイル・シーラは両手でスカートを摘んで上品に頭を下げる。
「初めまして、ルーファス様……私の御主人様……」
メイル・シーラは頭を上げると、にっこりと満面の笑顔を浮かべた。
「てっ……め……メイル・シー……」
脳天をさすりながら、リーヴがゆっくりと立ち上がる。
「あら、生きていたのですか、リーヴ?」
メイル・シーラは仕留め損なって残念とでもいった表情を浮かべる。
「当たり前だ……お前は、いきなり何を……」
「ひとの下着の色とかまで述べそうでしたので口を封じさせて頂きました、何か問題が?」
一応丁寧語だが、メイル・シーラの態度はリーヴに対してあまり敬意を払っているようには見えなかった。
「くっ……舞姫がお前を気にいらない理由が……身に染みて解った……」
舞姫とメイル・シーラは仲が悪い……というか、舞姫が一方的にメイル・シーラを嫌っているのである。
理由は至極単純で、リーヴに忠実な人形である舞姫には、メイル・シーラのリーヴに対して敬意を払わない態度が許せないのだ。
「何をいまさら……私の主人はルーファス様、あなたはただの『親』です。忠誠心は主人にのみ捧げるもの……親など最低限の敬意を払って差し上げればそれで充分……違いますか?」
「つぅ……そうだ、そう設定したのは確かに私だ……それに、お前の性格の悪さも私が望んでそう調整した……お前は舞姫達とは根本から違う特別仕様(カスタムメード)の人形……」
「メードでメイドとか言い出さないでくださいね? 寒いですから…………」
「特別侍女(カスタムメイド)か……それも面白い……メイドの正しい言い方はメードだしな……ふむ……」
「…………」
メイル・シーラは呆れたように嘆息すると、視線を親(リーヴ)から主人(ルーファス)へと戻す。
「というわけで、宜しくお願いいたします、御主人様」
「何がというわけだ、何が……おい、リーヴ」
ルーファスは、多分この人形と会話してもラチが明かなさそうと予想し、制作者(責任者)の方に話しかけた。
「ん……お前ならこの人形が何なのか察しがついているだろう? だからこそ、不機嫌になったのだろう?」
「……ふん」
リーブの指摘に、ルーファスは思い出したかのように不機嫌な表情を浮かべる。
「まあ、そう嫌うな……この人形はお前のためだけに創ったモノ、いずれ絶対に必要になるモノだ」
「…………」
ルーファスは凄まじい殺気の籠もった眼差しをリーヴに向けた。
「……まあ、今はそう難しく考えず、友人からのただのプレゼントだと思って貰っておいてくれ。性格は最悪だが性能は最高の人形だ、家事全般から、麻雀やチェスなどの遊戯の相手まで、これ一体で何でもオッケイさ、ルーファス!」
リーヴは宣伝でもするかのように陽気に言って、HAHAHAとわざとらしく笑う。
「まあ、素敵! まるで、胡散臭い通販商品みたいね、うふふっ」
テーブルの上にお茶の用意をしていたマリエがとても愉快そうに微笑った。
「あら? でも、それだとルーファスさんに私の遊び相手をして貰えなくなってしまうのかしら?」
マリエが、それはちょっと困りましたといった感じで、悩むような仕草をする。
「問題ない。なんなら、貴……あなたがメイル・シーラに遊んでもらえばいい」
「なるほど、それはとても素敵ね〜。あ、でも、メイル・シーラちゃんはルーファスさんの命令しか聞いてくださらないのではなくて? 私、リーヴさんのように殴打されるのは嫌よ?」
「御心配なく、私の忠誠は御主人様だけのものですが、他者に対してもメイドとしての適切な対応を取らせて頂きますので……」
メイル・シーラ自身が、マリエの疑問に答えた。
「敬意の払える方、好意を感じる方にはちゃんとそれなりの対応を致します。どうぞ、お気軽に御命令ください、御主人様の御命令と相反しない限りは従いますので……」
彼女のマリエに対する態度はかなり好意的に見える。
「むっ……?」
今の発言に、リーヴは何か微妙に引っ掛かるものを感じた。
メイル・シーラは制作者である自分に適切な対応をしていたか?
いや、もしかして、それ以前に、制作者である自分に対して敬意や好意を欠片も持っていないのではないか、この人形は?
「くっ……もういい」
リーヴは何かをルーファスに思いっきり投げつけた。
ルーファスはあっさりとそれを片手で受け止める。
「ああん?」
彼が受け取った物……それは黒い『首輪』だった。
「メイル・シーラの首にそれを填めておけ」
「おいおい、俺にそういう趣味はないんだけどな」
「嘘をつくな」
リーヴは即座に否定する。
「おい……」
「……まあ、趣味は関係なく必ずつけておけ、お前がメイル・シーラの主人になった契約の証だ……後、あらゆる意味での安全のためにな……狂犬を放し飼いで飼われては周りが迷惑だ……」
「だったら、そんな狂犬創るなよ」
ルーファスが珍しく至極もっともなことを言った。
「ふふっ、お話は纏まったかしら? さあ、冷めないうちにお茶をどうぞ」
「ふん……遠慮した方が逆に失礼か? 仕方ない頂くとしよう……」
「メイル・シーラちゃんも……飲めるのかしら?」
「安物の機械人形と一緒にしないでください、人間の三大欲求は全て完備しています」
「あら、それは凄く素敵ね、ふふっ」
「ああん? 素敵か?」
三大欲求を持っている……食事や睡眠を必要とするというのは長所なのだろうか?
ルーファスには短所、余計な機能に思えた。
「ええ、材料と作り方こそ違うだけで、人間とまったく同じ存在(モノ)……これはとても凄いことよ、そして、とても素敵なこと……」
マリエは、一瞬とても儚げな表情を浮かべる。
「ふん……ああん!?」
「…………」
「あらあら?」
ルーファス、リーヴ、マリエの三人が同じ『モノ』を感じ取って反応した。
「魔物……いえ、ちょっと違うかしら?」
マリエはティーカップの残りの紅茶を一気に飲み干すと、席を立つ。
「……魔族じゃない、悪魔だなこの感じは……」
「悪魔?……ああっ!?」
リーヴが突然何かを思いだしたかのように声を上げた。
「リーヴ?」
「……うっかり完全に忘れていた……メイル・シーラのお披露目だけでなく、そのことを伝えに来たのでもあった……」
「痴呆人形師……」
メイル・シーラがボソリと親の悪口を呟く。
「ルーファス!」
リーヴは、メイル・シーラの呟きは無視して、ルーファスに向き直った。
「あん?」
「お前は狙われている!」
そして、宣言と共にビシッとルーファスを指差す。
「逆恨み……冤罪……責任転換……」
「うっ……まあ、過程は省くが……」
「省いちゃうんですね? 御自分の責任を……」
「ええい、一々うるさいぞ、メイル・シーラ! ああ、そうだ! 私のせいでお前は炎の悪魔の恨みを買ったぞ、ルーファス!……これでいいのかっ!?」
リーブは一気に捲し立てた後、メイル・シーラを睨みつけた。
「結構です。御自分の責を隠してはいけませんよ、リーヴ」
メイル・シーラは満足げに、そして意地悪げに微笑する。
「くっ……この性悪人形……」
リーヴは憎々しげにメイル・シーラを見つめた。
「私をこういう風に創ったのはあなたです、リーヴ」
「つっ……ええ……そうね……」
「……リーヴ……」
「うっ!? ルーファス……」
感情のまったく感じられない冷たい声がリーヴの名を呼ぶ。
「詳しく、正確に、だが、簡潔に『過程』を話せ……」
ルーファスの氷のように冷たい眼差しがリーヴを射抜いていた。






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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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